デス・オーバチュア
第97話「倒すべき最後の敵」



私は何を呆けていたのだろう?
目の前に居るのは倒すべき最後の敵だ。
ルーファスのことは今は忘れよう。
あの男があれで消滅したなど信じない、信じたくない、信じられない……いや、だからそういったことを未練がましくゴチャゴチャと考えるのは後回しだ。
今は全ての黒幕であったこの少年をどうやって倒すかだけ考える。
他のことを考えるのは、少年を倒して、クリアに帰ってからだ。
少年に対して感じていた、絶対に勝てないという直感はなぜか今は消えている。
あの少年は最強の力を持っているが、最強ではない……リーヴの最後の言葉が意味ではなく、直感として理解できた。
九本の神剣全ての力と十番目の神剣の力を持つあの少年は、どの神剣の使い手よりも巨大な力を持っている。
だが、あの少年はタナトスの十倍の強さを持つかといえば、そうではない、そこまで決定的な力の差はないのだ。
全ては根拠のない直感。
本能と言っても良い。
「いくぞ。リセット、力を貸してくれ」
今はその直感を信じて戦うだけだ。



「くっ、貴様っ!」
タナトスは瞬時に間合いを詰めると、迷わず魂殺鎌でノワールに斬りかかった。
ラストエンジェルとソウルスレイヤー(魂殺鎌)が交錯し、虹色(九色)と灰色の輝きが爆音と共に発生する。
「僕と決闘しようというのか!? 身の程を知れ、下女がっ!」
ラストエンジェルが振り下ろされたり、突き出される度に、虹色の光輝が剣先から奔った。
タナトスの遙か背後の壁が切り裂かれたり、穿かれたりする。
これは、ラストエンジェルの間合いは無限ということだ。
紙一重の見切りで、後ろにかわすことはできない。
「はあっ!」
しかし、タナトスには何の問題もなかった。
タナトスは最初から後退する気はない。
魂殺鎌でラストエンジェルを打ち返しながら、前へ前へと押し出すように、攻撃を繰り返した。
「くっ……」
タナトスの反撃の攻撃を全て、ラストエンジェルで捌きながらも、ノワールは少しずつ後退していく。
「……格上の神剣であるラストエンジェルに対して、何も考えずに力押しだと……貴様には頭がないのか!?」
「…………っああっ!」
タナトスはただひたすら、大鎌の攻防の速度を高めていった。
これでいいのである。
ノワールは全ての神剣の特殊能力、必殺技とでも言えるものが使える……だが、それは一定の間合いや発動時間があってこ成り立つ技が殆どだ。
魂殺鎌一つの能力しか持たないタナトスがノワールと互角に戦えるのは、この超近接戦闘……肉弾戦のみである。
そして、こうやって刃と刃を交錯させているうちに解った。
ノワールは強くはない。
少なくとも、彼の剣術は今まで戦った多くの者に劣っていた。
アクセルやケセドのような極められた技術があるわけでも、ティファレクトのような人外のパワーがあるわけでもない、ルーファスのように目視できないスピードがあるわけでもない、彼の剣術は王侯貴族の嗜み程度のレベルに過ぎない。
「……戦える! お前はアクセルよりも弱いっ!」
「なっ!?」
神剣十本分の力というこの世で最強の力、それを持ちながら、今のノワールは最強には程遠い強さでしかなかった。
使い切れない、使いこなせていない過剰な力など、存在していないのと変わらない。
今、この瞬間、タナトスはノワールを僅かだが凌駕していた。
「はあああっ!」
自分は、神剣一つの所有者でしかないルーファスやリーヴには絶対に勝てないだろう。
だが、この少年だけには勝てる、互角以上に戦える気がした。
この世で最強の力を持ちながらも、この少年はあの二人比べて遙かに『未熟』なのである。
「……お前はいったい何百? 何千年生きている?」
「何……?」
「コクマの弟ということは千年単位で生きているのだろう? それなのにお前の技術は十七年しか生きていない私にすら劣るっ!」
タナトスの振り下ろしの一撃が、ノワールの左手からラストエンジェルを跳ね飛ばした。
「くっ、しまった!?」
「良くも悪くも無駄に年月を生きた……それがお前とお前の兄の最大の違いだっ!」
最強の神剣の力に任せて技術がないノワール、一振りの神剣の限られた力を最大限に生かすコクマ、どちらが勝るかなど比べるまでもない。
「終わりだ……滅っ!」
タナトスは、魂殺鎌の刃を迷うことなく、ノワールの左胸に振り下ろした。



「情けないにも程がある……宝の持ち腐れとは貴方のためにある言葉ね」
タナトスの魂殺鎌の刃がノワールの左胸に突き刺さる直前、横から伸びてきた黒い手が魂殺鎌の刃を握りしめて止めていた。
「数の暴力に屈するならまだしも、己が切り捨てた欠片の力を利用されて不覚をとるならまだしも、純粋に肉弾戦で遅れをとるとは救いようの無い……」
「……なぜ?」
「貴様は……なぜ?」
タナトスとノワールはお互いに信じられないといった表情で、割り込んできた人物を見る。
それはあまりにも予想外の人物だった。
神聖にも、禍々しくも見える銀光の輝き。
「……なぜだ……クロス?」
Ainの衣をマントのように羽織った銀髪の魔女は、血のように赤い瞳で最愛の姉を冷たく見つめていた。
「……この子があまりにも情けないから……」
銀髪の魔女はノワールに視線を向けると、瞳を閉ざし、心底呆れ果てたような溜息を吐く。
「な、下じ……」
「下女? このあたくしを下女呼ばわりするつもりなの? 愚かで可愛い、あたくしのノワール?」
「な、貴様……いや、まさか……そんなはず……だが……」
怒鳴りつけようとしたノワールは、何かに気づき、激しく動揺し、信じられないといった表情で銀髪の魔女を凝視した。
「あたくしを忘れたの? 確かに体は違うけど……貴方なら解るわよね、ノワール?」
銀髪の魔女はクスクスと笑う。
その笑い方は、タナトスの知っているクロスとは似ても似つかない、とても上品な笑い方だった。
「……誰だ……お前は?」
この目の前の女はクロスではない。
クロスはあんな喋り方も笑い方もしない、もっと素直に健康的に笑うのだ。
それにクロスの瞳の色はあんな血のような不気味な色をしていない。
「……姉さん……いや、シルヴァーナ姉上なのか……本当に……?」
いまだに信じられないといった表情で呟いたノワールに、銀髪の魔女はとても穏やかで優しげな笑顔で応じた。
「ええ、貴方の姉、シルヴァーナ・フォン・ルーヴェよ。あたくしの愚かで可愛い弟、ノワール」
「ああ……姉上……信じられない……姉上にまた逢えるなんて……」
ノワールは夢見るような表情で、シルヴァーナと名乗った銀髪の魔女に近づいていく。
「ええ、あたくしもまた貴方に出逢えて嬉しいわ、ノワール」
シルヴァーナは自分の前で跪く弟の髪や頬を優しく撫でた。


「何が……どうなっている……?」
解っているのは、あの銀髪の魔女が、クロスであってクロスでないということだけだ。
あの体は紛れもなくクロスのもの……でも、あれはクロスでは絶対に無い。
「そうね……一応初対面なのですし、自己紹介も兼ねて簡単に説明してあげましょう。でも、その前に」
シルヴァーナがパチンと指を鳴らすと、襤褸(ぼろ)切れのようだったAinの衣が、綺麗なコートのようなマントに瞬時に変化した。
形の変化だけでなく、銀糸の模様は、彼女の瞳の色と同じ禍々しい血色に染まり変わっている。
「とりあえず、こんなものかしらね? あたくしとクロスティーナの服の趣味は少し違うの。あたくしにはクロスティーナみたいな光り輝く色はもう似合わないから……この世でもっとも醜いあたくしには、汚れの色である黒か赤が相応しい……」
「姉さん……姉上は汚れてなどいない! 姉上はこの世でもっとも清らかな聖女だ!」
「ありがとう、ノワール」
シルヴァーナは力説する弟を宥めるように優しく抱き締めた。
「シルヴァーナと言ったな……その少年の姉ということは……?」
「ええ、貴方の育て親であるコクマことルヴィーラの唯一人の姉……元ルーヴェ第一皇女……という以外に肩書きの無い女ですわ」
シルヴァーナはどこまでも上品で穏やか。
クロスと同じ体、顔だというのに、物腰一つでここまで雰囲気とは変わるのだろうか……シルヴァーナからは確かに生まれながらの皇女としての気品や優雅さが感じられた。
「……なぜ……クロスが……?」
尋ねたいことは結局それが全て。
聞かなければならないことはいろいろあるように見えて、結局その一つの疑問に全てが集約した。
「そうね、早い話、あたくしも確かにクロスティーナなのよ」
シルヴァーナはさらりと一言で答える。
「なっ……?」
「正確に言うなら別人格、人の身には余る魔属の力の担当人格……まあ、クロスティーナの中の汚れと邪悪の塊みたいなものかしら?」
シルヴァーナは自らを卑下するような発言を楽しげに口にした。
「汚れと邪悪……」
「まあ、それはあたくしが勝手にそう思ってるだけで。元々、あたくしはクロスティーナの一つ前の前世の人格。本来、転生の際に消えるべき前世(あたくし)がどういう訳か、クロスティーナの中に別人格として残ってしまった。まあ、残ってしまったものは仕方ない、以来十六年間、あたくしはクロスティーナと共に生きてきた……それだけの話よ」
シルヴァーナはそれだけ語ると、儚げに微笑む。
「つい最近までクロスティーナはあたくしの存在も知らなかった。無理もない、本来あたくしはクロスティーナが人間として生きるには必要ない魔属の力の担当者……クロスティーナがここまで化け物達と戦い、関わり、己の潜在能力を引き出すことになったからこそ、あたくしは表に引き出された。ちなみに、決定打は翠色の魔王ね……あたくしとしても異物に居座られては、住みにくて困るから出しゃばらせてもらったわ」
「……お前がどういう存在なのかは大体解った……だが、なぜ、今、お前が表に出ている? クロスはどうした……?」
「ああ、あたくしが力ずくでクロスティーナから体を乗っ取ったと思っている? 心外ね、そんなことはしないわ……だって、そんなことやろうと思えば、いつでもできたんだもの」
「……では、なぜ、今は……?」
「約束したのよ、クロスティーナと」
「約束?」
「ええ、アクセルとの戦いに敗れたら、あたくしに体を譲るって……」
「なっ!? そんな馬鹿な約束が……」
「まあ、アクセルとの戦いに介入しない、最後までクロスティーナだけの力と意志で戦わせてあげる……って方が約束のメインだった気もするけどね」
「…………」
確かに、後者の約束というか拘りは、実にクロスらしいようにも思えた。
「あたくしがこの約束を受けた理由だって、もし、クロスが敗れた場合は、代わりにあたしがこの体を使ってアクセルを倒すためよ。だって、都合良く貴方の助けとかが間に合うとも限らないでしょう? この体は確かにクロスティーナの物だけど、あたくしの物でもあるの、殺されたり、滅ぼされたりするわけにはいかないでしょう」
「…………」
シルヴァーナの発言は全てに筋が通っているし、説得力もある、何より彼女はさっきから一度たりとも嘘を吐いていない。
あくまで直感というか、なんとなくだが、彼女の言葉に嘘が、気持ちに偽りがあるようには思えなかった。
ノワールが言ったように、彼女はまるで聖女のように清らかな皇女。
そう思えるのに、なぜか言いようのない不安、違和感がタナトスには感じられた。
「さて、説明はこれくらいでいいかしら?」
「えっ? ああ……」
「じゃあ、再開しましょうか」
「……再開?……何を?」
「だから、殺し合い、屠り合い、戦闘、決闘……呼び名はなんでもいいけど、要は互いの存在を賭けたぶつかり合いね」
シルヴァーナはどこまでも穏やかで優しげで、それでいて儚げでもある、今までで最高に美しい笑顔を浮かべる。
「なっ……」
タナトスは絶句するしかなかった。
シルヴァーナはあまりにも笑顔と発言があっていない、そもそもシルヴァーナの発言の真意がタナトスには理解できない。
「なぜ……クロスの一部であるあなたと私が戦う必要が……?」
「だって、あたくしはシルヴァーナ・フォン・ルーヴェだから……可愛い弟を守るためには戦わないわけにはいかないでしょう?」
「だったら、もう……いや、しかし……」
タナトスは言葉に詰まった。
だったら、もうノワールとは戦わない……と言ってしまってもいいのだろうか?
ノワールを見逃して、許して、いいのか?
そもそもノワールと戦っていた理由は……。
「それにね、あたくし自身も戦闘てしてみたいの。だって、前世(あたくしの今世)では、誰かと争うどころか、ベッドから離れることも殆どできなかったから……ずうっと憧れていたのよ。誰かを殴るってどんな感じなんだろう? 斬るって? 刺すって? 他者の命を止めた瞬間ってどんな気持ちになるのかしら? 全てが未知……クロスティーナを通して見ていてもやっぱりそれは他人事みたいで……あたくしは味わってみたいの、前世では味わえなかったこの世の全てを……生の実感を! あたくしの目的はただそれだけよ」
シルヴァーナの言葉には唯一つの偽りもなかった。












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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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